友だちのお誘いで「妙高山登山前に予行練習で一座を登ろう」となり、 「いいよ(^^♪」とハイキング気分で。
長野県長野市の志賀高原へ行きましたら、何と、ここの主峰の志賀山は2035mと聞き
「エェェェ~💦 こんな高さの山は登ったことないよ~」
それでも友だち夫婦と妹さんに連れられて山行が始まりました。
きれいな湿地「渋池」の木道を通りながらハイキングをします。
それでも、しっかり岩登りで綱場や鎖場もあり、がっつりした登山でした。
2時間かかって何とか登頂しました。少し眺望を楽しみます。やっぱり、2000mクラスから見る眺望はすばらしい、回りの山々が深くて高いです。キレイな湿地の木道を通りながら下山し、それでも往復4時間の山行でした。
夜は、明朝の越後富士(妙高山)チャレンジにむけて早寝です。
翌朝、4時半起床、準備をして、妙高山に向かいます。
途中、遠くにそびえる妙高山を臨みます、やっぱり高いですね(^^♪
燕温泉登山口に車を停めて、そして登山届を提出します。
ちなみに今日の山行のメンバーは友だち兄妹です。
午前6時半 いよいよ出発です。遥かに見える妙高山にテクテクとまだまだ緩い坂を歩いて行きます、
妙高山は火山です、だんだん登って行くとお湯が流れ硫黄の香がしてきます。
約1時間半ほど登るとお湯が流れる「北地獄谷」に来ました。
このあたりから、ガッツリ岩場を登る本格登山がはじまりました。ひぃ~💦、ひぃ~💦💦言いながら、
友だちの後ろを登ります。(もうちょっとゆっくり行ってぇ~💦
そして、今回の第一の難所「胸突き八丁」へ ほぼ垂直に近い岩場を這いつくばりながらのぼります。
長く💦長く💦険しい登り💦です、この登りいつ終わるのだろう💦
やっと登り終わって、6合目の「天狗堂」に到着、少し小休止(ここまで2時間30分)
これで終わりかと思っていたら、まだまだ険しい登りがつづきます(当たり前、一級山岳です)
2000m近くになると、何だか脚が出なくなりました。
塩アメ、水分(500ml4本持参)も十分に取りますが、おかしい?やっと登り終わって、6合目の「天狗堂」に到着、少し小休止(ここまで2時間30分)
低血糖か?熱中症か?、もしかしたら標高が高いので低酸素?と考えました。
取り合えず、ひと休みしながら、塩クエン酸ゼリーを補給しました。
そして、ロードバイクのヒルクライム時の「ノーズブレス」を心がけます。
口呼吸をすると、半分近くは鼻から酸素が逃げるらしいと自転車番組で聞きました。
さて、ゆっくりゆっくりと、急登をのぼりますと・・・・・・ついに第2の難所鎖場に到着です。
経験のない高さ、長さ、そして、滑落の恐怖のある崖を鎖をたよりに這いつきます。
何とか登頂・・・・・ホットしました・・・いえここはまだ9合目です(約4時間)
あとちょっと思っていると、下山の人から「まだまだ険しい崖があるから気をつけて💦」
エェェェ~(◎_◎;)、当たり前ですね、一級山岳ですから💦
そのとおり、さらに急登、崖、岩、のオンパレードです。
しかし、風が冷たい、さすが2000m以上ですそこから、兄弟峰の「火打山」(2461m)を霧の向こうに見えます。
一時は、高谷池ヒュッテで泊まって、縦走を考えましたが・・・・。
「まだ無理よ、欲張らない(^_-)-☆」と友だちがアドバイス
何とか、妙高山南峰に登頂2453mです、やっと登ったぞ~(^^♪
そこから10m歩いて、北峰(2446m)へ、ここでいつものポーズ(^_-)-☆
感無量です。ただガスがかかっていて景色が望めずですが、絶景に変わりなし(^^♪
晴れていると こんな感じです↓
長野県の山々
遠くに八ヶ岳や富士山
中央アルプスの山々
昼食の🍙の美味しいこと、美味しいこと。
40分くらい滞在して、険しい山をゆっくり下山しました。
それでも急登を下るので、何度かすべって、コケながら下山です。
ちなみに疲労と脚の痛みがあったので登りより時間(5時間弱)をかけて下山しました。
それでも念願かなった、越後富士(妙高山)登山でした。
越後富士 妙高山のフォトギャラリー(モンシン)
およそ45年程前、私がまだ東京の学生時代の話である。
学食で遅い昼食をとっているとワンダーフォーゲル部の友人が「五月の連休に上高地経由で北アルプスに登らないか」と話かけてきた。
山登りには興味はないが上高地には行ってみたかった。高校の修学旅行で訪れた風景が鮮烈だったから。
彼が素人の私にくれた唯一のアドバイスが「登山靴は買っておけよ。」だった。
昼間は授業をさぼっては遊び歩き、夜はバイトに精を出している自堕落な生活を送っていた私は刺激が欲しかったのか、峻烈な北アルプスの稜線に登るのも悪くないと考えた。
上高地に入り河童橋から梓川に沿って前穂を迂回するように横尾へと向かう。ここまで来ると槍ヶ岳や穂高連峰の主稜線を目の当たりにするので気分が自ずと高揚する。ここから登りに入り幕営地の涸沢カールに到着した。五月とはいえ北アルプスはいまだあちこちに冬の佇まいを残していた。
「明日は早いから寝よう」彼に促されテントにもぐり込んだ。彼はふかふかのシュラフ、一方の私はケチった訳ではないが、全て着込めばタオルケットで充分と判断していた。
あに図らんや数時間後には強烈な寒さで目が覚め眠れなくなった。彼が安らかな寝息をたて熟睡しているのを尻目にそっとテントを抜け出した。5月のアルプスは冬装備が必須であることは常識だ。今なら分かるが当時の私にそのような知識は皆無だった。
寒さで空気が乾燥し透明度がまし、夜空では無数の星たちが輝いていた。その煌めきの美しさに息をのみ天から星が降ってくる錯覚にとらわれた。絶え間なく夜空を横切る流れ星にも心奪われ夜明けまで神秘的な天体ショーに見入っていた。
翌日は標高差1000メートル以上の険しい岩場を登っていく。友人に遅れないよう寝不足で重い身体を押し上げる。若さと体力で頂きを目指した。
気づけばそこは奥穂高の頂きだった。思いの外簡単に登れたことに少々拍子抜けしたのを思い出す。頂上は狭く穂高神社の社が鎮座していた。そこから望む360度の大パノラマは壮大な絶景であった。眼下の雲海にアルプスの峰が島のように点在し空の蒼は永遠に宇宙に連なっているようで、この上なく神々しかった。
展望を堪能したあとは来た道を慎重に下った。辛い思いもしたが、これ程素晴らしい景色に出会え心から彼に感謝した。
この話には落ちがつく。
連休の最終日。帰りのバスも列車も超満員で立ちっぱなし。山の手線のラッシュアワーより酷い状況でアパートにたどり着いた。疲れと睡魔でベットにもぐり込むやいなや深い眠りに落ちた。突然息苦しさで目が覚めるとベットが中に浮きゆっくり回転しはじめた。恐怖で声がでず手足が硬直し動かない。懸命に動こうともがくがままならず、「誰か助けてー!」と声がでた瞬間ベットが元に戻り身体が動きだした。全身汗まみれ。いわゆる金縛りである。時計は午前2時を回っていた。皆さんこの現象をどう思いますか?山に集まった霊を連れて戻ったのでしょうか。今でも謎めいた経験です。
桃野義博 令和3年6月3日 記